2016年01月28日

大学関係者の方 意外な発見をしました!引越しと離学の関係です

まさに発見!大学生の離学と引越しの関係 : 発見の日々 ライブドア本館
あるまとめサイトを見ていて東京の大学に進学するために鹿児島から上京してきた当時のことを思い出しました。 いきなり一人暮らしを始めたわけですが、考えてみるとなんの準備もなかったなあと思います。 もう少ししっかりと準備して住まいの環境を整えていれば勉学にも力が入ったかもと思うようになったのです。 何十年も経ちましたが、おそらくいまでも同じような悩みや不安を抱えた学生は多いと思いますし、社会人一年生も同様でしょう。



こういうことってあると思いませんか。しっかりとした引越しのガイドブックを一年かけてつくります。

引用の記事にも触れましたが参考にしたいサイトです。

引越しが決まったらまず忘れずにやる「8」の準備と手続きリスト - NAVER まとめ
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2015年10月30日

小論文について、実践的に考えてみる



Facebookページで展開中のプロジェクトです。

『小論文のポイント』については
pru@seig.ac.jpにお申し込みいただけるとお送りします。



posted by ブラックコーヒー at 15:38| 埼玉 ☔| このブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月12日

ブログのアクセスアップを考え直しています。10年目のブログ見直しです。

ブログが日本に定着を始めたのが10年前の2004年でした。ライブドアブログやヤプログが十周年、seesaaは11周年。私もブログの前からネットで個人で情報を発信してきました。

そこで下記のような新キャンペーンを始めました。

coffeebekers.jpg

[ただいま個人的にソーシャルメディアを活用したキャンペーンを展開中]

僕が今まで作ってきたブログに掲載していきます。

テーマは10年を迎えたJAZZブログ「ほんとはJAZZが好き!(Yaplog)」の拡散です。

1)twitterアカウントで2000以上のフォロワーのものが5つ、それ以下で7つほど管理していますので、まずこれを使って定期的につぶやきます。できれば朝昼晩3回。

2)10以上のブログにこの記事を掲載します。同じ記事にするとGoogle先生のお叱りが来るかもしれない、いやこっそり評価が下がるかもしれないので少しずつ変えていきます。

それは悩ましいところです。

3)Facebookの個人のウォールと2つあるページを使って宣伝します。

要するに個人でソーシャルにブランディングが可能かを実験してみます。

全体では半年くらいかかるプロジェクトになりそうです。

うまくいけばメインのサイトをマネタイズできるかもしれません。




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2014年08月20日

関係しているFBグループで本を出しました、2冊目です




まったく個人的なことですが、3年前、東日本大震災をきっかけに教育関係の広報の関係者や教育関係会社の方々に呼びかけて学校広報ソーシャルメディア活用勉強会(通称 GKB48)なるものをFacebookに立ち上げ、オンとオフ、リアルとバーチャルで活動をしてきました。

一年に一度活動を世に問う形で教育カンファレンスを開催しています。
そしてその記録を本にしてきました。

今年も第3回目のカンファレンスを歌舞伎座タワーにあります朝日ネット研修室で行います。

このブログを訪れる方は教育関係の方が多いとおもいましたのでちょっと宣伝でした。

一冊目の本。

これからの「教育」の話をしよう (NextPublishing)

新品価格
¥1,625から
(2014/8/20 12:46時点)








続きがあります。
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2010年11月02日

バルガス・リョサの年譜を作成しました

『楽園の道』を購入したので

読み始めていますが、巻末に訳者の田村さと子さんの手になる「マリオ・バルガス=リョサ年譜」が付いていましたので、それを参考に年譜をサイトに作成しました。

こんな感じです。

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『楽園への道』の解説に翻訳者の田村さと子さんが書いている年譜です。最後のノーベル賞受賞だけ付け足しました。

マリオ・バルガス・リョサ年譜

1936年
3月28日ペルー南部のアレキーパで、父エルネスト、母ドーラの 長男として生まれる。父母が別居していたため、母方の祖父母の家 で一人っ子として育てられる。

1937(1歳)
祖父が領事としてボリビアのコチャバンバに赴任するのに伴って転居。小学校の4年間をラ・サール学院で学ぶ。

1945(9歳)
ペルー北部のピウラに引っ越す。小学校の5年生をサレジオ学院 で学ぶ。

1946(10歳)
両親が和解したため、父の住むリマに引っ越す。小学校の6年生から中学校の2年生までをラ・サール学院で学ぶ。

1950(14歳)
リマにある国立レオンシオ・プラド士官学校に入学し、5年制中学校の3、4年生を過ごすが、5年生のクリスマス休暇に中退。

1952(16歳)
ピウラに戻り、国立サン・ミゲル学院で中学校の最終学年を終える。地方紙のコラムニストとして文筆業を開始する。7月、文部省主催の学生演劇コンクールで2位となった自作の戯曲『インカの逃亡』を演出して上演。

1953(17歳)
リマに戻り、国立サン・マルコス大学で文学と法律を学ぶ。卒論『ルベン・ダリーオ解釈のための基礎』を書き、58年に卒業する。

1955(19歳)
フリア・ウルキディと結婚。最初の短編小説を発表。ジャーナリストとして「エル・コメルシオ」紙や雑誌に記事を書く。

1957(21歳)
短編小説「決闘」で雑誌「ルヴュ・フランセーズ」主催の文学コンクールで1位となり、副賞としてパリに招待される。

1958(22歳)
アマゾン川流域の先住民調査隊に同行する。ハビエル・プラド奨学金を得て国立マドリード・コンプルテンセ大学で博士課程を学ぶために留学。

1959(23歳)
短編集『ボスたち』により、スペインのレオポルド・アラス賞を受ける。8月にパリに移り、語学学校ベルリッツでスペイン語の教師をしたり、フランス・ラジオ・テレビ放送協会でジャーナリスト として働いたりしながら、7年間近くを過ごすことになる。

1963(27歳)
前年、セイクス・バラル出版社主催のブレベ図書賞コンクールで最優秀作として選ばれた『都会と大ども』が刊行される。同作品によ り、スペイン批評家賞を受けるが、フォルメントール賞では次席と なる。

1964(28歳)
ペルーに戻り、以前、調査隊の一員として訪れたアマゾンの密林地帯を旅する。フリア・ウルキディと離婚。

1965(29歳)
キューバのハバナでカサ・デ・ラス・アメリカス文学賞の審査員を務める一方で、雑誌「カサ・デ・ラス・アメリカス」の編集委員と なる。パトリシア・リョサとリマで結婚してヨーロッパに渡り、74 年まで、パリ、ロンドン、バルセロナに住む。

1966(30歳)
小説『緑の家』を発表してスペイン批評家賞を受ける。ニューヨークで開催されたペン世界大会に招かれる。長男アルバロ誕生。

1967(31歳)
中編小説『子大たち』刊行。『緑の家』によりペルー国民小説賞及びベネズエラのロムロ・ガジェゴス文学賞を受ける。パリでサルトルやボーヴォワールなどとともにペルーの政治囚の擁護を表明。ロ ンドンのクイーン・メリー・カレッジで教える。次男ゴンサロ誕生。

1968(32歳)
ワシントン州立大学の客員教授として7メリカに滞在。

1969(33歳)
小説『ラ・カテドラルでの対話』刊行。また「ティラン・ロ・ブランによる戦いの手紙」をジュアノット・マルトゥレイの騎士道小説『ティラン・ローブラン』の新版のプロローグとして刊行。ロンド ンのキングス・カレッジで教鞭をとった後、プエルトリコ大学の客員教授としてリオ・ピエドラスに滞在。

1970(34歳)
バルセロナに転居。

1971(35歳)
小説『緑の家』執筆の過程を明らかにした『ある小説の秘められた来歴』及びマドリード大学に博士論文として提出した『ガルシア=マルケス−ある神殺しの歴史』刊行。パディジャ事件により、キューバ革命と決別する。

1972(36歳)
映画関係の仕事にかかわるようになる。マルティ・デ・リゲールと『架空の戦闘』刊行。

1973(37歳)
小説『パンタレオン大尉と女たち』刊行。

1974(38歳)
長女モルガナ誕生。ペルーに帰国。

1975(39歳)
評論『果てしなき饗宴-フロベールと「ボヴァリー夫人」』刊行。コロンビア大学の客員教授となる。映画『パンタレオン大尉と女た ち』の監督をホセ・マリア・グティエレスとともに務める。

1976(40歳)
国際ペンクラブ会長に選出される。
続きがあります。
posted by ブラックコーヒー at 17:53| 埼玉 ☔| Comment(0) | このブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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